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ティコクレータ(1/4)
Updated : 2008.07.16
Observation date : 2008.02.25
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月の表側南半球の高地にあるティコ (英語読みではタイコー : 直径84km、43°S、11°W /下図の赤丸)は、約1億年前の衝突によってできた新しいクレータです。満月の時には、ティコから放射状に広がる明るい光条が非常に目立ちます。

上の画像をクリックすると再生される2分間の動画は、「かぐや」に搭載した地形カメラ (TC) の立体視画像の視点を少しずつ変えることで作成したものです。あたかも遊覧飛行をする感覚でティコの地形を展望することができます。まずティコの全体像、そして中央丘への接近、クレータの急な内壁に沿って飛行、さらには低空でクレータ底を飛行し、再び中央丘に接近するという内容になります。

ティコが月科学初期に果たした役割は大きいものでした。月高地の化学組成についての最初のデータは、1968年にティコの側壁(リム)北側20kmに軟着陸したサーベイヤ7号(*1)に積まれた分析装置により得られました。その翌年、スミソニアン天体物理研究所のJ.A.ウッド博士は、アポロ11号が持ち帰った表土試料中に小さな斜長岩の破片を発見し、その組成がティコ付近の組成と似ていたことから、この破片がティコの光条として飛んできたと解釈しました。この知見により、彼は「月高地がカルシウム、アルミニウムに富む斜長岩でできている」ということと、月高地の出来方の仮説を「マグマ大洋説(*2)」として初めて提唱するに至ったのです。そして、その後のアポロ月探査では、この斜長岩を捜し求めることが大きな目標となりました。

ティコは月表側高地の斜長岩地殻を、深くえぐり、周りに撒き散らしてできました。このクレータをつくった小天体の衝突は約1億年前と言う、地球の歴史から言えば恐竜の栄えていた遙かな時代のことですが、月の歴史の中では比較的新しい時代のものであり、この映像から当時の衝突の生々しさがよく伝わってきます。

注1)
サーベイヤは有人月探査計画のアポロ計画に先行するものとして、月における各種調査や軟着陸技術の開発を行うものでした。サーベイヤ7号はサーベイヤ計画の最後のミッションで、1968年1月、ティコ・クレータの近くに着陸し、高地の写真撮影と地質調査を行いました。

注2)
「マグマ大洋説」は、現在の月の姿になるためには、古い時代に月の表面が200kmくらいの深さまで溶けて月表面に広大なマグマの海ができたと考えなければならないという仮説のことであり、月の内部構造や地球のでき方を考える上でも重要な影響を及ぼしました。

当該のデータ処理は、LISM/TC機器チームが実施しました。

画像の選定およびコンテンツの作成は、LISM/TC監修グループが実施しました。

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